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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)498号 判決

控訴人

信国義規

被控訴人

主文

原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金十五万円及び之に対する昭和三十年七月十日以降右完済迄年五分の割合による金員を支払え。

控訴人其の余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ之を十分し其の九を控訴人、其の一を被控訴人の負担とする。

事実

(省略)

理由

被控訴人の被用者たる陸上自衛隊小郡部隊第三〇五ダンプ車輛中隊所属一等陸士松尾五郎が、被控訴人の事業たる同中隊の車輛整備の業務に従事して、同中隊の福第六―二四四号ウエポンキヤリヤを運転中、松尾が控訴人主張のごとき内容の各注意義務を怠つたゝめ、その主張する日時、場所において、右ウエポンキヤリヤの前部左側バンバーを控訴人に接触せしめ転倒さしたため、控訴人に対しその主張の如き傷害を負わせたことは当事者間に争がない。

そこで右傷害により控訴人の蒙つた各種損害の有無及びその額について判断する。

(一)  精神上の損害、精神上の損害の算定については被害者たる控訴人の社会的地位、職業、資産、傷害及び之により生ずる日常生活ないし社会活動における不自由の程度、加害者の過失の大小等諸般の事情を考慮して決定しなければならない。そこで、先づ控訴人の社会的地位、職業、資産等についてみるに、控訴人が本件負傷当時、新日本焼酎株式会社に勤務していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第六号証、原審証人宮田薰、同草場六助、同信国実彦原審並びに当審証人信国歌子、当審証人香月幸男の各証言及び原審並びに当審に於ける控訴本人尋問の結果を綜合すると、控訴人の学歴、経歴、右新日本焼酎株式会社における勤務内容及び月給額が控訴人主張のとおりであり、本件負傷当時、控訴人が住宅一棟、宅地約五百坪及び田畠約一町二、三反を所有し、うち田七反畑五畝位を家族と共に自作し、それにより年間約十万円の所得を挙げていたこと、更に、控訴人が右負傷当時より引続き右会社に勤務し、現在重役の地位にあることを認めることができる。次に、控訴人の本件傷害の程度及びそれにより生ずる日常生活ないし社会的活動上における不自由の程度についてみるに、右負傷後、控訴人がその主張の期間、その主張の各病院に入院していたことは当事者間に争なく、又成立に争のない甲第一、四号証、前顕証人宮田薰、同草場六助、同信国歌子、同信国実彦、原審証人武内隆、当審証人草野三二の各証言及び前顕控訴本人尋問の結果によると、控訴人は、朝倉病院において、六十五日間ギブス固定繃帯をつけて治療をうけ、なお左腕左手指等の屈伸機能が全快しなかつたので、温泉治療のため更に嬉野病院に入院して種々の手当を受けたが、症状固定により全治しないまゝ退院したこと、右退院後今日に至るまで雨天又は曇天の日、寒冷時或は季節の変り目には左前膊部或は左足背部に疼病を感じ、その都度、医師に治療を求めて注射を打つてもらつたことも十数回に及び、左肘、左腕及び左手指の各関節の屈伸もしくは廻転において著しい障害がのこり、左手の握力が殆んど消失し、食事、洗顔や更衣にも左手を使用できず、入浴には人手を借りなければならない有様であり、その後の会社勤務においても、自転車での得意廻りに多少の支障を来し、会社の製品たる容器の瓶の洗滌等にも負傷前に比し多大の時間を要し、更に左手を使用しなければならぬ農耕等の肉体労働には殆んど従事し得ない状態であり、控訴人の本件負傷による身体障害は、退院後今日に至る迄何等回復せられず以上程度の身体障害は骨折による後遺症として残るものと思料せられること、従つて控訴人は本件負傷のため今後なお相当期間、温泉治養を続ける必要が予想せられ、且つ、前に認定のごとき学歴、経歴を有する控訴人がその社会的ないし事業上の活動において、将来の発展に対する希望をかけるについて相当の困難の存すること及び控訴人の症状固定後の身体障害の程度は、労働基準法労働者災害補償保険法所定の身体障害等級表における第五級に該当するものと認定することができる。右認定を左右すべき証拠はない。而して、加害者側の過失の程度が相当大きかつたことは前示のとおりであるが、他面加害者及びその関係者において本件事故発生直後、応急手当等の処置を尽し、又その後においても控訴人に対し見舞の金品を贈る等相当の慰藉方法を講じたことは、原審証人松尾五郎同山崎哲雄の各証言によつて認めうるところである。

以上のごとき諸般の事情を考慮すれば、控訴人が本件負傷により蒙つた精神的苦痛を金銭に見積り慰藉するには金二十二万円が相当と認められるが、内金一万円は被控訴人に於て見舞金として控訴人に対し支払済であることは当事者間に争がないから、結局控訴人は被控訴人に対し慰藉料として右残額金二十一万円を支払うべき義務があること明らかである。次に控訴人が被控訴人に対し本件負傷により将来の農業所得の喪失による損害額として請求し得べき金額が金十五万円であり、右損害賠償請求権は、控訴人が政府より本件事故を原因として労働者災害補償保険法にもとづき給付せられた障害補償費金二十七万六千六十六円の範囲内で喪失するものであることは原判決説示のとおりだから、原判決の当該理由部分をここに引用する。

そうすると、被控訴人は控訴人に対し、慰藉料金二十一万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三十年七月十日より右完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなす義務があり、控訴人の本訴請求は右の支払を求むる限度においてこれを正当として認容すべきものであり、其の余は失当として棄却すべきものであるところ、控訴人は原審に於て右金員の内金六万円及び之に対する昭和三十年七月十日より右支払日迄の年五分による遅延損害金については、之が請求を認容せられ、該部分については、控訴の提起はないから、当審に於て更に被控訴人に対し支払を命じ得る金員は、右認容部分を控除した金十五万円及び之に対する昭和三十年七月十日より右完済迄年五分の割合による金員に限らるものといわねばならない。

しからば、原判決中控訴人の敗訴部分は一部失当であるから之を変更すべく、訴訟費用の負担について、民訴法第三八六条、第八九条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 高次三吉 佐藤秀)

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